光るのは、布でもあなたでもない
絵が、まとえる膜になるまで|八坂圭通信 第29便
雨です。雨音が目を覚ます位の雨。土曜日の夜から日曜日の朝にかけてしっかり雨が降っています。
これだけ降ったのは、たぶん1ヵ月ぶり。
一ヶ月ぶりの雨。ウエワクの夜、椰子の葉が水を受けている。
どんどん茶色くなっていく芝生たち。埃っぽくなっていく町。みんな水不足を嘆いているけど、こればっかりは仕方がない。
そんな日々を過ごしていました。
そしてこの雨、なんだか土たちが深呼吸をするような、この大地という表面の膜が潤いという状態を吸い込むような、喜んでいる声が聞こえてくるような気がします。
ちょっと想像してみてください。学者たちは、地球規模で大気の流れや地表の温度の状態、海面温度の変化や潮位などを衛星の写真などを使って観察し、予測をします。
彼らが宇宙から見ているデータを私たちもこうして可視化することができます。そこに写ってるのは何でしょうか。そう膜です。膜の上の模様の変化が、こうして地球の上にぴったりと張り付いて生きている私たちの生活に、大きく影響与えます。
ウエワクを正面に据えた地球。青と緑に流れているのは、いまこの瞬間の表層の風。大気と海流という膜の模様に、この星はまるごと包まれている。 画像クレジット:earth.nullschool.net(風データ:GFS / NOAA)/2026年7月19日
今年はエルニーニョが観測されているそうです。そのせいでこんなにもウエワクで雨が降らない日が続いてると言われています。そうして今日のこの雨。膜の上の1つの模様です。
前々回ハットタイルの話を書いたとき、僕は境界膜を纏うことのできる布のことを話すと言いました。
今日は少しその話をさせてください。この1枚がなぜ布であると良いのか。
前回16歳のサンシャインコーストでのことを書きました。
あの瞬間、僕が「美しい」と感じたその「美しさ」ってどこにあるんだろうと思ったんです。
「美しさ」が風景の側にあるのかだとしたら、僕と言う存在がいなくてもあの風景は「美しい」のだろうか。
それとも「美しさ」は僕の側にあるんだろうか。だとしたら、目を閉じても、そして36年経った今でも「美しさ」はそこにあるんだろうか。
もしかしたらそのどっちでもないんじゃないだろうか?
あの風景と僕が触れ合っていた、その関係性の中に、その境界面の上にその都度生まれている、「美しさ」。
16歳の僕にはそこまで言語化できていたわけではありませんでした。
ただ「これだ」「This is it.」と思ってた。
ずっと後になって「ワンネス体験」という言葉を知りました。それはあの体験につける名札として、すごく近いものでした。でも、その言葉だけでは収まり切れないもどかしさもずっと感じていました。
僕はいつしか、それを境界膜の体験と呼ぶようになりました。
内と外を分ける膜。でも分けるだけじゃない。わけながら同時につないでいる。
考えてみたら生きてるものはみんな膜を持っています。
細胞は膜に包まれているから、細胞でいられる。膜がなかったら、ただ混ざって原形質だらけになって。。。ちょっと怖いです。
でも膜は閉じ切っているわけでもない。栄養も酸素も情報もそこを通過していきます。
閉じているから開ける。
命そのものはその間に現れてきます。
僕が27年間水と絵の具に任せて描くと言う感覚を磨いてきたのも同じ場所です。
僕は描こうとしないことで絵を描くにはどうしたらいいのかを追い求めてきました。
水を流して絵の具を落として、乾くのに任せたり、手を体に任せて動かし、描いたことすら忘れた頃に、違う目で切り取ってみたり。
命じない、コントロールしない、ただ、待つ。
そうすると、僕が思いつかなかった秩序がキャンバスや紙の上に勝手に生まれてくる。
だから僕がわざと書いた絵ではない。 水とキャンバスや紙が触れ合った膜の上に、その都度現れてくる、降りてくる、生まれてくる。
僕は受け皿になる。
慰霊碑の、朽ちた屋根板(クイラ材)に描いた一枚。屋根はもともと、内と外を、この世とあの世を分けていた板。その境界の上に、命じず、待って、また膜が生まれた。紫と黄のあわいを、白い線が横切っていく。
そこにはあの16歳の海と同じことが起きているように思うのです。
現場はおかげさまで、みんな笑顔で、前向きに1ヵ月の休工が嘘だったかのように生き生きとした職人の仕事で順調に進んでいます。彼らは仕事をしているという誇りがある。 だけどパプアニューギニアです。停電が当たり前、断水も普通。
書類が届かなかったり、コンテナが予期せぬ故障や事故で遅れたり、そして何が起きたのか、ワーカーたちが不測の事態で来れなくなったり。
コントロールできないことが次から次に起こります。
もう2ヶ月以上もそんなことの前にいると、いちいちそれをコントロールしようと思ったり、怒ったりするのがばかばかしくなっていく。
だけど、今こうして、何があっても動じない現場監督のオーウェンの大きな体と大きな笑顔とともに、着実に慰霊碑の屋根が組み上がっています。
そこに明確に必ず完成させると言う意図はあるけれど、一方で何か状況をコントロールしすぎない「任せる感覚」と言うのが今の現場に漂っているように思います。
1日の作業が終わった後に、僕はクイラ材を目の前にして、その感覚を絵に落とし込んでいます。
そこにはまるでこの天地のような変化、私と何かとの関係性の変化、私と見えない世界、私と14万の英霊との間の関係性、今と言う時間との関係性、私と目の前の「もの」との関係性、それらがコントロールされすぎない形で現れていく
そう。この命そのものである膜を1つの絵にしている。
その板は、四十年の雨と陽が朽ちさせた、慰霊碑の屋根。内と外、この世とあの世を分けていた境界そのものです。境界だったものの上に、また境界が現れる。
その絵を、まとえる布にするんです。
布にしてくれたのは、パプアニューギニアから意識をピョーンと飛ばして、群馬桐生の工房。
桐生といえば、群馬の人なら誰でも知ってる「上毛かるた」の中でも「桐生は日本のはた所」と歌われているほど織物の一大産地でした。
しかし、第二次世界大戦での生産機器の強制供出などで、壊滅的な打撃を受け、戦後奇跡的な回復を見せるも、今は往時の1割にも満たない生産量まで落ち込みました。
それでも、まだ作れる人がいる。職人さんたちの知恵とノウハウと、そして何より心意気が、そこには残っているといいます。
それを束ねて、もう一度元気にしようと動いている石橋さんという方がいて、私はこの方をインターネットというネットワークの膜を通じて見つけ出し、コンタクトを取りました。
僕の思いつきだけで「こうしたいしたい」というわがままを伝えながら。
本当にびっくりするぐらい石橋さんは丁寧に迅速に答えてくれました。
サンプル送ってもらったり、いろんな素材を検討したり、
実際に顔を合わせて会うことはまだできてないけど、私が作りたいものを具現化していくのに、とても心地の良いコミュニケーションをとってくださった。
そうして皆さんにお届けする形が今整っています。
「絵画」は境界膜だと思います。それは、私と世界の間に立つ、本当に最新のテクノロジーとも言える可能性を持ったメディアだと私は思っています。
しかしキャンバスの絵はまとったり球面になったり、折りたたんだりはできない。
だけど、スカーフになると、実際の細胞膜やあの衛星写真の天気図のように曲面になったり、何かを包んだり結んだり、膜としての自由度が極端に向上します。
そう、それは何かを包むことができ、守ることができる。届けることができる。受け取ることができる。そして変化させていくことができる。
だから「まとうと、光る。」なんです。
光るのは布ではありません。
厳密に言うとあなたですらありません。
何かと何かその間に触れ合うその膜の上、その膜が輝き出すんです。
だから布であることが喜ばしい。
何かと何かの間でとても自由に形を変えることができるから。
だからまずはこの膜を手に入れて、あなたという情報のまとまりの中に置いてください。
7月24日金曜日14時。Makuakeで膜が開きます。
https://www.makuake.com/project/yasaka-kei-scarf/
当日はこの通信でもご案内しますね。
夜が白みつつある今。まだ雨は降ってくれています。これで芝生と言う大地の上の膜が元気を取り戻して青々としてくれたらいいなぁ、と、ちょっとした期待。
強く望むのではなく、そっと膜を信頼する感覚。
私とあなたの間にも何かそこにしか現れない膜が見えてきませんか?
私にこだわるのでもなく、あなたにこだわるのでもなく、この私とあなたの間にある膜をただ淡々とメンテナンスし続ける。
すると宇宙からの風がその膜を帆にして受けられるように感じるんです。
今日はどんな風をその帆に受けますか?そんな風まかせなメッセージを、今日も44の光のカードで1枚引いてみるのもいいかもしれません。
なにかを楽しみにしながら。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
それではまた
ごきげんよう
八坂圭
──────────────────────────────── P.S.
ひとつ、お詫びを。
一時期、「44のひかり」を引こうとすると、なぜかパスワードを求められて開けられない、という不具合がありました。あのとき扉の前で引き返してしまった方、本当にごめんなさい。いまは直っています。
そしてもうひとつ、お知らせを。
あのカードの言葉は、引くたびに、そのときのあなたのためにその都度生まれます。先日、その言葉を紡ぐAIを、最新のもの(Opus 4.8)に入れ替えました。すると、降りてくる言葉の精度が、自分でも驚くほど上がったんです。
もし前に一度きりで離れてしまっていたら、どうか、もう一度だけ。 今日のあなたに、どんな言葉が降りてくるか。
1日、一枚。44のひかりは、こちらから。 https://yasaka-kei.com/44lights/ ────────────────────────────────




